『ロスト・ケア』:葉真中 顕
こんにちは。徒然書評へようこそ。
書評ライターのTKです。
第9回目の寄稿となります。
新緑が目に眩しく、少し歩くだけで心地よい汗が滲んでくるような梅雨入り前の午後、読者の皆様はいかがお過ごしでしょうか。これから夏を迎えると思うと、外に出ることが億劫になります。ただし、冬の場合は寒くて億劫になりますが。
さて、今回もミステリですがミステリだけではない、少し毛色の違った作品を紹介させていただきます。
『ロスト・ケア』:葉真中 顕
私の本の選び方は、本屋さんの新刊コーナーとオススメ本コーナーをチェックし、平積みされた本の中から衝動的に選んでいく方法です。その本が面白ければ作者のデビュー作から順番に読んでいく、といったパターンが多いです。
その作者を気に入れば、新作が出るや否や買いに走るわけです。
この本もそうした衝動性に駆られた作品でした。
「ロスト・ケア」
聞き慣れない言葉です。
作品の冒頭は、法廷。
『ソロモンの偽証』のような法廷ミステリかと思いきや、死刑宣告の場面でした。
物語の結末を、冒頭に持ってくるパターンです。罪状は殺人。被害者は43名。
・・・・。
不謹慎ですが、俄然興味をそそられます。
本作は、高齢者介護をメインテーマとして少子化や尊厳死といった議論をも取り入れた本格社会派ミステリです。
高齢社会と言われて久しいわけですが、このサイトの読者たる皆さんが、これから30年経ったとき、人口ピラミッドはどうなっているんでしょうね。恐ろしくて考えたくもありません。
この本は、その皆が触れたくないリアルな部分を浮き彫りにしていきます。
主人公は、検事。
主人公の父親が老人介護施設へ入居するため、下見に行く場面から物語が進み始めます。
質のいいサービスを提供する施設らしく、なんと入居費用は3億円。
3億円の施設を紹介してくれた友人は、介護運営会社で働く会社員。
事業は順風満帆だけど、慢性的な人手不足、法令違反・・・そして行政からの摘発と重苦しい現実がのしかかります。
お金がなければ当然自宅で親を介護しなくてはなりません。
病気や認知症を発症し、子や孫の顔すら忘れて暴れるご老体。目を覆わんばかりの悲惨さです。
そうまでして、苦しんで、苦しんで生きてゆかねばならないのだろうか。
いや、そうではない。
そう考えたある人間が、一人になったご老人の腕へ注射器の中身を流し込んでゆくのです・・・。
殺して欲しいと懇願する父、介護地獄から解放された子、心情を考えるとこの殺人は本当に「悪」だったのか。
罪悪感を持つことこそが償いだと息巻いていた検事の心にも、ブレが生じてくるのです。
重いテーマではありますが、皆さんにとって避けて通れない問題でしょう。
読み応えがありますし、謎を解いて終わるだけのミステリとは違って“何か”が残るかもしれません。
上がり続ける社会保険料に想いを馳せながら、この書評を書いています。